

バンコクから国境までのバスが故障し、国境からは悪路によるジャンピングバスというアジア色たっぷりの移動手段で12時間、アンコールワットのあるシェムリアップに到着。
ついに憧れのアンコールワットを拝める。しかし、アンコール遺跡群のチケットは高い。
ポルポトの恐怖政治で疲弊し、アンコールの観光収入に頼る国家としては当然だろう。しかし、一バックパッカーである俺にとってアンコール遺跡群のチケットは高い
夕方5時以降になると日没までの間、チケットなしで入れるという情報をゲットしY氏とともに1ドルでチャリンコを借りて、とりあえず5時頃アンコール遺跡群の入り口に行ってみることにした。
憧れと期待が大きすぎたせいか、あまりにも観光客用に整備されすぎてるせいか、アンコールワットに対して意外なほど冷めた感想を抱き、チケット購入の必要なし、と判断。ここからモーレツな体力勝負のおバカな日々が始まる。
ゲストハウスからアンコール遺跡群までは約10km、毎日昼頃起きて夕方4時頃チャリンコで出発し、一日一遺跡という方法で1週間滞在した。
普通のバックパッカーは朝4時頃起きてバイクタクシーで朝日を眺めに行き、昼頃ゲストハウスに帰ってくるのだから我々はその真逆をやっていたことになる。
同じ宿の他のバックパッカーからすれば、かなりの変人に見えたに違いない。ま、実際変人だけど。
アンコールワットはいまいちだったがその周り(といっても軽く5kmや10kmはある)のバイヨンだのタプロームだのという仏教遺跡はなかなか見ごたえがあった。
毎日懲りもせず汗だくで通っているうちにチケットチェックのおにいちゃんと仲良くなり、3日目からは4時でも中に入れるようになった。
日も沈み始め、ツアーバスやらバイクタクシーが出口に向かっている中、俺とY氏は猛烈な勢いでボロレンタルチャリンコによる爆走の逆走。
辿り着いた遺跡には他の観光客はおらず、遺跡に登って静かに夕日を眺める。贅沢だ。
その代わり、帰りは全く街灯の無い真っ暗な道をヘロヘロになりながら爆走しなければならないのだが。
そんな感じで遺跡群以外の遺跡にも足を伸ばし、一通り見るものも見たので首都のプノンペンへ。
この1週間前に日本人とアメリカ人が一人ずつ強盗に襲われて殺されたという話を聞いていたが、深夜に出歩かなきゃ大丈夫だろう、ぐらいに思っていた。
相変わらずのジャンピングバスで夜の8時にプノンペン到着。バックパッカーが集まるゲストハウスの前にバスがつけられる。
と、そのゲストハウスの一階のカフェでスキンヘッドでムキムキの腕に見事なタトゥーが入った欧米人がおとなしくシェイクを飲んでるではないか。「この町は本当にやばいのかも」と思わざるを得なかった。
チェックイン時にスタッフから「夕方5時以降は明るくても細い路地には入るな」とありがたい忠告を受け、日中マーケットやツールスレーン博物館に行き、夕方にはなるべく大通りを歩くよう心がけた。
この町で約1ヶ月共に旅をしたY氏と別れ、彼はベトナムを抜け中国へ、俺はバンコクから成田へ飛ぶべくシアヌークビルからタイ-カンボジア国境のコッコンを抜けたのであった。
