DIARY
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 大連空港からタクシーに乗り、宿を探す前に翌日のハルピン行き寝台(硬臥)の切符を買いに鉄道駅に行く。駅に着き、電光掲示板を見ると、2日後まで埋まっていた。
同行しているY氏は中国4度目。「やるだけやってみよう」ということで紙に行き先、列車の名前、席の種類を書いて窓口に出し、「リャンガー(二人)」と言うと、普通にチケットが出てきた。・・・え?じゃあ電光掲示板の意味は?
ま、とにかく寝台は確保したので次は今夜の宿だ。
中国は旅社、客社、招待所などが安宿だが、基本的に外国人を泊めてはいけないことになっており、「リーベンレン(日本人)」というと。断られることが多い。
その断る時の決まり文句が「メイヨー(無い)」駅でも宿でもみやげ物屋でも、この旅でこの言葉を聞かない日は無かった。おそらくめんどくさいと「メイヨー」なのだろう。更にこの国は見事なまでに英語が通じない。我々は漢字が書けるからまだいいが、欧米人で中国を旅してる人にはただ敬服するのみだ。

 さて、だからと言って四つ星、五つ星に泊まるわけにも行かないので、とりあえず”客社”の看板を見つけて入った。
英語は全く通じないのでいきなり日本語。「ねえちゃん、部屋空いてるか?」すると「ハァ?」
当然の反応っちゃ当然の反応だ。そこで料金表を指差すと「メイヨー」
これを繰り返すこと4、5軒。やっと泊めてくれる宿を見つけた。ベッドが四つあって、シャワー、トイレは共同。エアコンは無く、天井に扇風機。テレビが置いてあって二人で80元(1200円)。部屋はなかなかきれいだった。
荷物を置き、早速屋台に向かう。中国東北部は焼き物がうまいらしく、串に刺さった牛肉やら羊肉やらをたらふく食い、浴びるほどビールを飲んで、一人50元(750円)。初日から、食い倒れ。

 翌日、ハルピン行きが夜の11時発なので、昼間ぷらぷら歩いて大連電視台(テレビ塔)に行った。
ここの展望台で長年愛用していたデジカメを床に落として、壊してしまい、そこから俺の頭の中は安いデジカメ探しで一杯になった。
この国はデジカメがあるにはあるが、まだそんなに主流になっておらず、高い。
Y氏を引っ張りまわしながら百貨店やカメラ屋を行ったり来たり。そしてやっと見つけた888元(13000円)のデジカメ。
しかしここで問題が。15分の差で銀行が閉まっていたのだ。中国では中国銀行(Bank of China)でしか両替ができない。そして必要な時に限ってその中国銀行がなかなか見つからない。俺はクレジットカードを財布に入れたまま、日本に置いてきてしまっていた。仕方なくY氏のカードで立て替えてもらうことにした。
しかしここでまたもや問題が。電気屋でクレジットカードが使えないのだ。
そして最後の手段。五つ星ホテルで両替。
ラマダやスイスホテルに行ったが、当然泊り客しか両替してもらえない。しかも、これらのホテルにはキャッシュディスペンサーが無い。
そこで、世界のヒルトンへ。ここでキャッシュディスペンサーを発見。Y氏にキャッシングしてもらい、めでたくデジカメをゲットできた。
そしてついでといってはなんだが、一流ホテルの一流の便所で用を足しておいた。
その夜は俺の人生で一番うまい餃子で食い倒れた。

 ハルピンに着くと、モーレツに暑かった。緯度が札幌ぐらいなので涼しいかと思ってたのに・・・。
ハルピンといえば伊藤博文が暗殺されたところ。駅前に旧大和ホテルがあり、せっかくなので泊まってみた。しかもせっかくなので新館のほうではなくて、旧館の貴賓楼に。夜中に伊藤さんが・・・。
731部隊の細菌兵器工場跡を観光、それ以外は食い倒れて、一泊で長春に行く。

 ハルピンから長春までは約4時間。硬座に乗った。この硬座がなかなかおもしろい。
基本的に3人がけシートが向かい合い、6人がけが通路を挟んで左右に。つまり12人がけで車両のアタマからシリまで並んでいて、全てのシートに座席番号が書いてあり、座席指定になっている。
ところが、”無座”というチケットがある。これは席は決まってないけど空いてるところに座っていいですよ、というチケットだ。
列車に乗り込むと、大抵は自分の席に誰か座ってるので「そこは俺の席だ」と言ってチケットを見せると、尻をちょっとずらして、ここに座れという。この時点で3人がけシートが4人がけになる。何のための座席指定だ?
そしてその向かいの3人がけでも同じことが起こる。更に、それでもまだ通路に立ってる奴もいる。つまり、人が多すぎるわけだ。
そんな状態でも、コミュニケーションを図ろうとする(ただ単に文句を言ってるだけのような気もするが)のが中国人。
俺らが日本人だとは分からずに、中国語で文句を言ってくる。俺らは日本語で「あぁ?何言ってんだか分かんねえよ!」と言う。それでも日本人だとは思わない。
これだけの多民族、多言語国家だと言葉など通じなくても関係ないのだろうか。とにかくスケールがでかい。
そんなやりとりののち「リーベンレン(日本人)」というと、「あ、何?日本人なの?」みたいな感じになり、俺らが紙とペンを出して「ここに書いて」という仕草をすると筆談が始まり、どこからともなく新しい奴が参加してきて囲まれ、人気者になった気分になる。ただ単に日本人に興味を示しているだけなのだろうけど。
筆談といっても向こうは我々の漢字を理解できるが、我々は向こうの漢字の30%ぐらいしか理解できない。そうなると彼らは必死で中国語で訴えてくる。だからわからねえって。疲れるけどなかなか楽しいもんだ。

 長春では映画「ラストエンペラー」の撮影に使われ、実際に溥儀が住んでいた偽故宮などを観光。
そこから一気に寝台で大連へ行くはずだったが、大連行きが取れなかった為にとりあえず瀋陽へ。硬座で瀋陽に着いたのが夜9時。
「もしかしてここで今夜の大連行きの寝台が取れちゃったりするんじゃないの?」と俺が提案し、列車を下りた足でそのままブッキングオフィスへ。
紙に今日の日付と列車の種類、目的地を書いて窓口に出した。
するとちょっとキツそうな感じのおばちゃんが紙を読み、すぐさま「メイヨーラー!」(「あるわけねえだろ!」的なニュアンス)と言って、思いっきり紙を投げ返してきた。もう笑うしかなかった。
仕方ないので、瀋陽に一泊し、今度はハングル表記の店で、すっげーうまい焼肉によって食い倒れて大連へ戻ったのだった。


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